今週はお休みなので

今週末は試合もないので、心穏やかに、静かに過ごそうかと思・・・ってもそういうわけにもいかず(いかないよね?)、昨日は東戸塚に行ってきました。

やっぱりそういうわけにもいかなそうな人たちが数十人。知り合いの方たちと挨拶したり、練習風景を眺めたり、楽しい休日の午後になりました。なんか煙がもくもくしてたけど。


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前節の僕のMVP。21節終わって公式には3得点だけど、後半はたくさん得点できますように。

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前節の陰のMVP。真のMVPとして表彰される日もきっともうすぐ。がんばってください。パフォーマンスを楽しみにしています。

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前節、試合終了後にあれだけ「大好きだー」と叫んでいたサポ仲間氏は、さすがに面と向かっては「好きです」とは言えませんでした(そりゃそうか。)でも、応援してます、大好きです、がんばってください。




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*画像はご本人たちに掲載許可をいただいて載せています。


【御礼】30万アクセス・キリ番ゲット

昨日、累積30万アクセスを超えました。
みなさま、いつもありがとうございます。

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たまたま管理画面で300000を捕捉しました。

25万アクセスが4月1日・エイプリル・フールでした(が、今日は特になにもなく。)年末までに40万を目指してがんばります。これからもよろしくお願いいたします。

さて、明日は天気悪そうだし、今日のうちに東戸塚に練習を見に行って来ようかな。





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今週末はお休み

勢いに乗って連戦連勝といきたいが、しばらく試合がない。
週末に試合がないのも手持ち無沙汰な感じで、どうしたものか。
働き尽くめのワーカホリックなお父さんが、会社からリフレッシュ休暇をもらっても、何していいかわかんない、みたいな。(こんなときこそ、家族サービスですね。)

年間42試合中、半分の21試合を消化しました。
結果は、7勝7分7敗、得失点差0、15チーム中8位。
プラマイゼロのちょうど真ん中。おへその位置。
去年のチームを継続せず、今年新たなチームを作って、半分終わってちょうど真ん中。
それが現実なのだな。リアリティを感じます。
後半、そして来年、どこまで行かれるか楽しみです。

順位表を見てみると、山形、鳥栖、草津などが善戦しているのを感じます。逆に、湘南や福岡(それから甲府)が苦しんでるなあと感じますね。がんばろ。

それにしても、勝つことができなかった7試合は長かった。
広島●・・・気持ちのよいナイターだったけど、惜しくも負けた。
湘南●・・・雨かと思ったら雨降らなかったのはよかったけど、大敗するとは。
山形●・・・三ツ沢なのに、またしても大敗した。信じられん。
徳島△・・・連敗脱出かと思ったら、終盤に点取られて引き分け。やばい。
仙台●・・・完敗って感じで悔しかった。
岐阜●・・・さらに連敗でへこたれちゃいそうだったが・・・。
愛媛△・・・大雨は辛かったが、なんとか引き分けて、よかったか。

やっと勝ったので試合後は浮かれたけれど、後半戦、連勝に向けてまた気を引き締めてがんばっていきましょう。




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神明は唯平素の鍛錬に力め戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に一勝に満足して治平に安ずる者より直に之をうばふ古人曰く勝って兜の緒を締めよと

第22節水戸戦【コースケ、八田!】

なにより今日は勝つことが大事だったので勝ってなにより。

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コースケありがとう。
バックもメインもちゃんと横浜コールしてくれた。
やっぱ勝つって素晴らしい。

新年の書初めで、八田選手から賞をもらった僕。
このところ、試合後は必ず「やつだーっ!!!」と声をかけている。

僕「やつだーっ!がんばれよー!」
サポ仲間1どん様「応援するよー!」(いや、前から応援してるけど)
サポ仲間2あき様「大好きだよー!」(いや、そりゃ好きだけどさ)

しつこく繰り返すこと数回。
そのたびに応えてくれる八田選手。
ありがとう、応援するよ、大好きだよ。

今日は工作して定時に職場を離れ、駅までダッシュ。東海道線で横浜駅について、地下鉄ホームに行くと、試合の日だというのに、スタジアムに向かおうというサポらしき人はまったく見当たらず。平日の夜はこんなものなのか?でも、そんな中、サポ仲間の某氏を発見。この人がいれば100人力か。

三ツ沢上町駅に到着し、日食さんで唐揚げ弁当を調達。今日は勝ちますよ!とお店の方に告げ、がんばってと見送られる。やっぱりおいしい唐揚げ弁当。

ところが、生ビールを楽しみにしていたのに、なんと今日は発売していない・・・缶ビールがあるじゃな〜いか〜ということで、

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気を取り直して、7杯飲みました(ほんとはもう一杯飲みたかったのだが、試合終了間際は売りに来てくれなかった。)

次回から生ビールをちゃんと用意するように、お店の人に約束してもらいました。日食さんの唐揚げ弁当は食べられたし、なにより試合に勝ったし、満足な一日。

ところで今日の主審は野田氏。

愛媛に遠征しましたが、愛媛を舞台にした小説「坊っちゃん」の中に、坊っちゃんが「のだ」に対して「のだのくせに生意気だ」というフレーズが出てきます。え?いや、まあそういうことを思い出しました。

横浜 1−0 水戸
ニッパツ三ツ沢
2,772人 




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第22節水戸戦

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平日ナイトゲームは仕事帰りにニッパツ三ツ沢に行くので、車利用の週末のゲームと違ってビール飲み放題です。この前から登場した生ビールを楽しみにしています。

とはいえ、現在は、20試合消化で勝ち点25の8位。お気楽に酔っ払ってるわけにもいかない。昇格するには1試合あたり1.875点の勝ち点が必要と僕は計算していたけれど、20試合消化時点の今はつまり37.5点あればよいということ。現在2位の大阪が20試合消化で38点、3位の山形が同じく37点なので、だいたいその通りペースになってる。

ついこの間まで、大阪も山形も近くにいると思ってたのだけどな。

仮にシーズン終盤までリーグ全体がこのままのペースで行くとするならば、最終的にほしい勝ち点は42*1.875=78.75なので、昇格のためには僕たちには残り22試合で53.75点が必要ということになる。

これは、16勝6分0敗から、17勝3分2敗、そして18勝0分4敗というような勘定。16勝以上はしないといけないし、負けることがあっても4敗まで。

いうまでもなく厳しい状況だけれど、どこまで行かれるか、がんばるのみです。そのがんばりは必ず将来に繋がるはず。





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温いビールは飲みたくない。きりっと冷えたビールが飲みたい。


アウェイ紀行松山編【続き】

松山紀行の続き。
昨日は漱石と子規だったので、今日は残りの二人、秋山兄弟編。
愛媛に行く前に、戦艦三笠を訪ねていたので、それとセットで「坂の上の雲」のまち、松山。

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お土産やさんのアーケードにも「坂の上の雲」のまち。

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バスにも「坂の上の雲」のまち。

「坂の上の雲」のまちの看板はスタジアムのピッチ脇にもあったのでテレビに映っていたのに気が付かれた方も多いはず。

司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」は、できたばかりのちっぽけな明治日本が、当時の欧米の列強の植民地政策の中に飲み込まれまいと、人々が志高く努力してがんばったという話を描いた長い小説。松山出身の秋山兄弟、正岡子規の3人が主人公で、また来年からNHKでドラマ化されることが決まり、撮影が始まったこともあって盛り上がっているのです。

秋山兄弟ゆかりの地として、まずは生家を訪れてみました。最近復元したばかりの家を見学できるようになっていて、入るとボランティアの方たちが丁寧に解説してくれました。松山に来る前に三笠に行って来たことを告げるととても喜んでもらいました。

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こちらが弟の海軍の参謀・真之の像。当時作られたオリジナルを元に、1.5倍のサイズで新たに作られたものだとか。どこかで見たなあと思ったら、これの小さいものが三笠の中にありました。

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なんだか感激。手の位置が逆だけど。

天才的参謀のこの人は寝食を忘れて常に作戦に没頭し、最後はやるだけのことはやったので、運を天に任せるしかないという境地に至ったようです。実際、ロシアの世界最強といわれたバルチック艦隊を破ったのは、運によるところが大きいと言いながらも、一方で勝つべくして勝ったとも言っています。やるだけのことはやったので、運を味方にすることができたということなのでしょう。そもそも、東郷元帥が司令長官に選ばれたのも、その運のよさを買われてのことだったという説もあります。戦いには指揮官の運も必要なのでしょう。

さて、それから道後温泉にある兄・好古のお墓をお参りして、坂の上の雲ミュージアムに行きました。

坂の上の雲ミュージアムは、小説に登場する人たちの手紙や遺品や作品などの展示、一般的な明治時代の人々や時代についての展示物の他に、いろいろな人たちの小説「坂の上の雲」に関する、エピソードや思いなどを、あるいは習字だったり、あるいは絵画だったり、あるいは彫刻だったり、作文だったり、さまざまな形で展示しています。ネット上の掲示板にファンが集って文章を寄せたり画像を載せたりというのに似た感じ(こっちが本物でネットがバーチャルなんだけど)でした。貴重な資料の博物館であり、ファンの集う場所でもあるようです。普通の市民による作品も多い中、なにか登場人物にゆかりがあったり、地元にゆかりがあったりする各界の著名人の手になるものも展示されていました。

たとえば、

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しりあがり寿さんの作品があったり、

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これは山本容子さんの作品。他にも日比野克彦さんの作品、荒木経惟さんの作品、ドラマで真之役をやる本木雅弘さんによる真之辞世の句を書いた作品などなど、たくさんあって楽しめました。

そんな中、僕の目を引いたのが、地元松山出身のマラソン選手、土佐礼子さんの文章。

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昨年、一時は出場が危ぶまれる怪我の後に出場した世界陸上でのこと。レース終盤、順位を落としたものの、絶対に諦めず、「どんなに苦しくてもダメだと思った瞬間に脚は動かなくなる」と粘り、最後は銅メダルと、そして北京オリンピック出場権を獲得したのだ、と。

マラソンは42.195km。今年のJ2も42試合。明日で折り返しの21試合目・・・僕らもまだまだこれから後半を粘り強く、苦しいときも乗り越えていこうと思ったのでした。

ところで街に出ると、愛媛FCショップみたいなのがありました。

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ディスプレーはなんともおおらかな感じで・・・こういう態度はなかなかよいものなのもかもしれませんね。

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ちなみにスタジアムではなぜかこんなステッカーをもらいました。サポの方たちはうれしいだろうな。




了
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アウェイ紀行松山編【漱石と子規】

大仰なタイトルにしてしまったが、松山紀行の一回目。

松山といえば、「坂の上の雲」の街ということで秋山兄弟と正岡子規、それに加えて、夏目漱石というのが現在セットで売り出し中のようで、そんなポスターをたくさん見ました。漱石と子規は東京大学予備門でのクラスメートで、後に漱石が英語教師として松山に来た頃、しばらくの間、子規とも一緒に住んでいたようです。

今回の遠征は一泊していろいろ見てきたので、せっかくなので松山紀行漱石と子規編。

まずは坊っちゃん列車に乗ってみました。

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観光用に1時間に一本程度の運行のようです。日曜の9時台のものに乗りましたが、乗客は他になし。貸しきり状態で楽しみました。

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路面電車の路線を、蒸気機関車ではないんだけれど、ディーゼル機関車が引っ張ります。運転席の真ん中あたりに、今は使われていない炭を入れる炉が見えます。

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車内はこんな感じで、坊っちゃんによればマッチ箱のようということだけど、それは徳用マッチ箱ですね、きっと。木の匂いが懐かしい感じです。

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到着した先は道後温泉。残念ながら、温泉に入る時間がありませんでしたが、次回はぜひ入浴してみたいものです。千と千尋みたいな外観が楽しい。この建物は明治からある由緒正しいものだけど。

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坊っちゃんキャラクター大集合で迎えてくれました。赤シャツとかのだとか山嵐とか、見てるだけで楽しいです。のだには「のだのクセに生意気だ」と言っておきました。

道後温泉をあとにして、また市内の中心地に戻りました。

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これは、坂の上の雲ミュージアムのすぐ上にある愚陀仏庵という、夏目漱石が松山時代に住んでいた家を復元したもので、当時、1Fに子規が住み、2Fに漱石が住んでいたそうです。

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松山市駅近くのお寺にある子規堂。子規の住んでいた部屋を復元したり、使用していた道具などを展示していたり、静かだけど圧倒するなにかを感じました。病床の身でありながら、俳句の世界で戦う様は壮絶で凄まじい。僕は元気な身だけれど、この人のエネルギーには敵わない。

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こちらは、子規堂の中に展示されていた、四季を描いた色紙。

正岡子規式四季色紙。

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市内の県庁前の、今ではNTTになっている場所にある、松山中学の跡。ここで秋山真之さん、正岡子規が学び、後に漱石が英語教師を務めたという場所です。

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松山は特に観光に力を入れているようで、街中のいろんな場所で坊っちゃん&マドンナの観光ガイドさんたちを見かけました。一緒に写真を撮ってくれたりします。こちらは坂の上の雲ミュージアム近くで一枚。坊っちゃん&マドンナは大勢みかけたけど、そういえば、秋山真之さんも1人お見かけしました。真之さんに傾倒しているおじさんが夏の白い軍服で腰に短剣をぶら下げてコスプレされてましたが、なんだかそういうのって楽しそうだなあ。

ところで、正岡子規といえば、一方で、野球を広めたことでも有名で、日本の野球界の殿堂入りをしている。東大には当時アメリカ人教師がいて、彼らから野球を教わったということで、「野球」という名称自体、子規が考えたものだとか。「ベースボール」だから直訳すれば「塁球」になるはずだけど、本名の「のぼる」にひっかけて「野(の)球(ぼーる)」にしたんだとかいうウワサです。それ以来、愛媛では野球が盛んになったということなんだけど、松山にある立派な野球スタジアムの名称は一般公募の結果、「坊っちゃんスタジアム」・・・そっちか。最寄駅は通称「のボール」駅になってバランスを取っているようです。漱石は英国留学時代、サッカー観戦はしなかったのかな?調べてみよう。(東郷元帥はニューカッスルの試合を観戦したようです。)




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第21節愛媛戦【豪雨】

凄い雨でした。

昨日の予報では午後は曇りということだったし、午前中に到着したときも曇り、気温22度、湿度が高くてちょっと蒸し暑い感じで、油断してました。

ピッチは水溜り。ボールは転がらずに止まってしまい、選手たちもタイミングが合わずにどたばたしてしまって、怪我しないかと心配でした。でも気まぐれなボールは、時に、止まらずに逆に滑って行ってしまうこともあったり。選手が滑るたびに水しぶきがすごくって、プールで水球してるのかって感じで、瞬間的な雨の激しさは去年の駒場の方が酷かったけど、全体的な雨量では今日もかなりなものに感じました。

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というわけでほとんど写真も撮れず。スタジアム好きな仲間へ贈るスタジアムの風景はせいぜいこんなものです。

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ついでに、照明塔好きな仲間へ贈る照明塔の写真もこんなものです。

試合の方は、こんな雨だと、どちらもゲームプラン通りには行かないのでしょう。双方ともよく健闘したと思います。こちらの方が、不運な感じがちょっとしたけれど・・・なかなか天は味方してくれないですね。

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「やつだー」と叫ぶと、「ありがとう!」と応えてくれました。応援しているのでがんばってください。

選手のみなさんもサポのみなさんも、風邪ひきませんように。

横浜 2−2 愛媛
ニンスタ
4,075人




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第21節愛媛戦【松山到着】

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松山に到着してます。これからスタジアムに向かいます。市内で横浜サポの方にたくさん会いました。みんながんばろう!


第21節愛媛戦【いよいよ明日】

気分はすっかり愛媛だったり明治時代に飛んでますが、いよいよ明日が愛媛戦です。

横浜はしばらく足踏みしているような状況なので、この一戦は極めて重要で、しっかり勝たないといけません。身が引き締まる思いです。なんだか緊張してきました。

一方で、今回は珍しく一泊旅行を計画しています。とはいえ、飛行機や宿などはずいぶん前に押さえてあるのだけど、生来ずぼらなもので行動予定をまったく考えていませんでした。見たいもの、行きたいところがずいぶん増えてしまったので、ちゃんと予定を考えようと思ったら、試合開始が4時からなのですね。これはうまく予定を立てないと。

今回は午前中に松山に到着したあと、正岡子規に関する場所と、坊っちゃん列車でも観に行ってから、スタジアムに乗り込む予定です。夜はお囲い池跡にでも・・・。

翌日の午前中に坂の上の雲ミュージアムなどを見学に行って、午後の便で羽田に戻り、そのまま埼玉スタジアムへ向かう予定。忙しいな。代表戦は消化試合になってしまいました。




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で、つづきをだらだらと

昨日のつづき。

この時代---というのは、日本が明治になり、初めて国家というものができて、国際社会にごくごく小さいながらも加入して、それぞれの人が立身出世をすることが国のためになると努力した頃、やっと日清戦争になんとか勝利するにいたり、国民の盛り上がりは凄かったらしい。(まだまだサムライたちの時代であって、人々のマインドも、時代背景も、昭和に入ってからの戦争とは様相も意味合いも異なるので注意。)

次の相手はいよいよロシアか、と国民の方が日露戦争の開戦を期待し、ロシアと自分たちの戦力を比較しながら、普通の人々がああでもないこうでもないと戦略を議論している様はまさに、ワールドカップに初出場した頃の日本の様子を思い出させる。もっとも日本にはまともな戦力がなかったため、ロシアに立ちうちできるための海軍を建設する費用が実に国家予算の半分を占める年が数年続くことになったのだが、それでも不平はほとんどなく、みんなでがんばったんだとか。

その頃、日本にトルコの海軍が表敬訪問にやってきて、帰り道にエルトゥールル号が和歌山沖で難破し、大勢の犠牲者が出たのだが、日本人が難破した人たちを助けたため、それ以来、トルコは親日派であるという話がよく日韓W杯の頃に伝えられたので覚えてらっしゃる方も多いかと思う。この生存者たちを日本の海軍が後にトルコまで送っていくのだが、その船に秋山真之さんも乗っていたのだそうだ。

トルコは当時、ロシアとそのバルチック艦隊に圧力を受け苦しめられていたため、東郷平八郎率いる(その参謀が秋山真之さん)日本の連合艦隊がロシアに勝利したとき、それを喜んで生まれた子どもや通りに「トーゴー」という名前をつけるのが流行ったという話である。それから約100年後のW杯で日本が初めて勝利したのがロシアで、最後に負けた相手がトルコだったというのは、不思議な符合だ。

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トーゴービール。オランダ産でけっこううまい。

ちなみに、艦隊を作ったのは海軍大臣の山本権兵衛、現場で率いたのが東郷司令長官、作戦を立案したのが秋山さんら参謀ということで、サッカーチームの監督の方が少し職務が多いようです。

日本海海戦の開戦前、山本権兵衛と東郷元帥が明治天皇に会った際、東郷元帥は「撃滅いたします。」と誓ってしまう。これを山本権兵衛に、「撃滅するつもりです」といわずに「撃滅いたします」と言ったからには、撃滅できなかった場合の責任の取り方について、切腹だよと突っ込まれたようです。「〜を目指す」ことと「〜をすると誓う」ことには意外に大きな違いがあるのだな。

日本海海戦の開戦時の出撃にあたり、そのことを踏まえて、「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」という、名文で有名な報告を秋山さんが起草することになったそうです。

とりとめなく書いてますが、というわけで、松山では秋山兄弟の生家を訪ねてこようと思います。(お墓は鎌倉霊園。)




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荒波に飲み込まれそうになるとき

愛媛遠征を前に、僕はしばらく前から司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」(日露戦争当時の話で、松山出身の秋山兄弟が主人公。来年からNHKでドラマ化されるので最近話題に。)を読んでいたが、ちょっと前にやっと読み終わった。なにしろ長い話なのだ。できたばかりの国で、当時の人々(元々はサムライ)がいかに国のことを思い、自らを犠牲にして努力して、前だけを見て一歩一歩進んでいったのかという話。この小説は戦についての記述に兵法的な解説があることが多く、そういう点でもおもしろかった。

愛媛といえば、知名度のある「坊っちゃん」を応援に借り出しているけれど、坊っちゃんは江戸っ子だし、松山が嫌で、松山の人を懲らしめた上に東京に帰ってしまうという話なので、坊っちゃんが相手方にいてもあんまり怖くない。

これが、もし秋山兄弟が相手に加わっていたら恐ろしいことになったろうと思う。僕はすっかり秋山真之さんに心酔している。

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というわけで先日、もう一つの主人公、戦艦三笠に行ってきた。僕の愛媛遠征はここからスタートである。(ちなみに今月末まで、日本海海戦記念イベントとして、東郷元帥の自筆の書などが展示中である。原文は秋山真之さんが起こしたもの。)

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三笠の甲板で当時を偲ぶ。ここに東郷元帥と秋山参謀が対戦中に立っていたという場所に立ってみる。できたばかりのちっぽけな国の艦隊が、当時世界最強と謳われたバルチック艦隊に完全勝利。サッカーでいえば、ワールドカップ初出場の国が決勝Tでブラジルを7−0くらいで破るようなものか。

そして海からの風を感じながら考える。ほよよん。

昨シーズン、最初と最後だけは存在感を示すことはできたけれど、客観的に見れば、何も成し遂げなかったのだろうし、むしろ不名誉な記録を作ってしまった。言ってしまえば時期尚早だったし、悪意のある言い方をすれば場違いだった。J1はそこにいたい夢の場所であって、現実の居場所ではなかった。だからこそ、今年のスローガンは、「夢のJ1に復帰」じゃなく「リアルなJ1への挑戦」なんだったんだろうと思う。

現実を後追いしてだましだましの修正していっても追いつかない。翌年の予算を前倒しして補強して行っても、結局は降格した上に赤字が1億5千万円。時間がかかっても根本から変えなくちゃいけない。

というのが今年のあり方で、だから時間がかかるのもしょうがないのだろうと思うのだ。すでに時間がかかり過ぎだと思う人もいらっしゃるだろうし、先が見えずに不安であり不満であると思われる人もいらっしゃるだろうけれど。

そして今がまさに荒波の時なのだろう。ここをどう乗り越えていくか。

勝負は相手もあることだし、時の運もあるし、結局のところ、自分たちのできることを精一杯やるしかない。

各員、一層奮励努力せよ。

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つづく

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第20節岐阜戦【蹴太は結局ボールに躓いたのだった】

2話でいきなり話は落ち着いてしまったので、次の展開がさっぱりわかりません。
第3話は突然、「それから5年・・・」なんてことはないのかな。
それとも、もっと練習を見学する。そしてカズさんにサインをもらう。とかか。
シゲおじさんが重コーチじゃなくってがっかりだったけど、監督は都並さんのようで。

この日の対戦相手はJFLから上がったばかり。

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翻る旗も、白がほんとに真っ白で、初々しい。
初々しいチームに負けてはなあ・・・。

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前半、僕らが守るホーム側のゴール裏には、岐阜のゴールを狙うカメラマンが少数。

後半、僕らが攻めるホーム側のゴール裏には、横浜のゴールを狙うカメラマンが、

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・・・。


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ハーフタイムには10周年誌を買いに来ました。ポラロイドで撮ってもらった写真を貼ろうと思ったら、やっぱり「F」の文字が最初に埋まってた。

ピッチに臨むこの場所にくると、いつもワクワクします。今はビジョンもあるのでますます楽しい。




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10周年誌

手作り感いっぱいのでき上がり(と価格)が、とても10周年目の横浜らしい。
スタッフのみなさんお疲れ様。

写真の撮影をしていたのは知っていたけれど、タイミングを逃してしまった。
仲間の顔があちこちに映ってるのをみてちょっとうらやましい。

次の20周年誌はどのような装丁でどのような内容だろう。
写真に載っているのは誰だろう。

そして、僕たちはJ1で優勝しているだろうか。

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まだわずか10年目の僕たちは、Jリーグの頂点とさらにその先を目指して、急な坂を一歩一歩踏みしめて登っていこう。

その坂の上の青い空に白い雲が見えるなら、白い雲を目指し、前だけを向いて一歩ずつ進んでいこう。




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*司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」の引用/オマージュです。


第20節岐阜戦

徳島戦、仙台戦とみてきて、昨日はなんとなく勝つ予感があったのだけど、残念です。

監督会見を読むに、試合についての意図は理解できました。一年を通して今のようなしんどい時期には、また違ったコミュニケーションが必要なのかなという気がしますが、いろいろやりようはあるのだろうけれど、シーズン中は結局はピッチの上で表現することが一番だと思います。がんばってください。土曜は愛媛へ応援に参ります。

昨日は、アツ選手が怪我ということで、受動的ではあるけれど、修正しようとしている最中にまたセットプレーで失点。なにやら徳島戦のデジャヴュのようだった。こういうのも運がないのかな。

相手は去年のJFLクラブで、こちらには去年のJFL得点王。選手交代で登場すると、相手からのブーイングがすごかった。でもそのブーイングに見合うだけの活躍はできたのでしょうか?選手が活躍できなかったとしても選んだのは監督なのだから責められるべきは監督なのでしょうが、その監督の期待に応えられなかったことを、選手は反省してがんばってください。情けないよ・・・。

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後半、何度もあった決定機(シュート数は横浜が10、岐阜が4)は、枠の外だったり、せっかくのクロスをクリアしてるんですかという勢いで外してしまったり。メンタルの問題なのか。勝てない試合が続いているので、選手たちも力が入りすぎているのか。もちろん、やる気がないとかいうようには感じませんでした。試合終了と同時に芝を叩いて悔しがってた八田選手に、ゴール裏に来たとき「やつだー」と叫んだら振り返って手を叩いてお辞儀してくれた。「がんばれよー」としか声をかけられなかったけど、がんばって今を乗り越えていきましょう。

横浜 0−1 岐阜
ニッパツ三ツ沢
3,843人




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