第42節岐阜戦【長良川】
2008年11月06日
どうでもいいけど忙しい。 あまりの忙しさに、上司も混乱しているのか、よその部の仕事をこちらに回してきた。たぶん僕の仕事だと勘違いしているんだろう。やるっきゃない。しょうがない。 せっかく上がった株価だが、上がると利益を確定しなくちゃいけない人たちが売りにでるため、また少し下がってしまっている。調整なのでこちらもしょうがない。 明日も忙しそうだし、いまだ資産は大幅に減少したままだし、もうね、サッカーを応援に行ってはじけるっきゃないのです。今度の日曜こそはよい試合になりますように! その長良川までは三ツ沢から370kmくらいなので、車でもおよそ4時間程度で到着できそうです。 1クールの岐阜戦は欠席した(何試合ぶりの欠席だったっけ?)ので、初めての岐阜遠征になります。 岐阜といえば飛騨高山など、高い山脈というイメージがあるけれど、山といえば当然川が流れ、その先には平野が広がる。山が多い分、水の流れる量も多いわけで、濃尾平野には木曽川、長良川、揖斐川の3本もの川が流れている(うちの小学生に習った。)濃尾平野といってもそんなに広い感じしないし、そんなに大きな川が3本も流れてちゃ大変だよな、どうなってのよ?と思って地図を見ると、やっぱりけっこうビジーで大変な感じなんですね。 真ん中を走る長良川は、途中、東側の木曽川とぶつかりそうなくらいくっついて、細長い中州を挟んだまま並走し、次に西側の揖斐川とくっつきそうなくらい近寄って並走する。もう少し下流に行くとついにガマンできなくなって揖斐川に合流するのだけど、合流する手前あたりには10kmくらいにわたって道路一本分くらいのほそ〜い中州がある。というか信じられないことに、その道路一本分の細長い中州にはほんとに道路が一本だけ走っている。うーん、ドライブしてみたいなあ。左右とも川が流れていて、川の中を飛んでるみたいな風景なんだろうか。その先で揖斐川はやっぱり中州を挟んで木曽川と並走する形で伊勢湾に流れこんでいるけれど、かろうじてこちらは合流しない。 こんなにごちゃごちゃ川が走ってたら、昔はけっこう大変だったんじゃないかな、と思って調べてみたら、そういえば宝暦治水なんていうのが江戸時代にあったのでした。やっぱり川がごちゃごちゃしているために下流の濃尾平野ではときどき川の氾濫が起こってしまっていたので、治水を行うことにした。 そこで、幕府はその工事を薩摩藩にやらせることにしたのだが、そりゃあどう考えてもやっぱり薩摩藩の財政に打撃を与えようという意図がみえみえ。単なる嫌がらせですな。しかも、工事期間中の食事まで少量に制限させたり、近所の人たちに薩摩藩の連中には物を高く売り付けろと命令したり、あげくには、作った堤防をこっそりぶっ壊しちゃったりと、露骨な嫌がらせのし放題。薩摩藩の人たちも腹に据えかね、50名以上が切腹して抗議の意を表したんだというから凄い。そりゃあ幕府憎しで王政復古のクーデターも起すわな。残念ながら、完成した堤防はうまく機能せずに結局は洪水を止めることができなかったそうです。 というわけで、遠くの山脈を眺めながら、遠い江戸時代に思いを馳せつつ、長良川沿いのドライブを楽しんでみることにします。 -- takaoh そして、勝つ!
- posted by takaoh
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