第22節水戸戦

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平日ナイトゲームは仕事帰りにニッパツ三ツ沢に行くので、車利用の週末のゲームと違ってビール飲み放題です。この前から登場した生ビールを楽しみにしています。

とはいえ、現在は、20試合消化で勝ち点25の8位。お気楽に酔っ払ってるわけにもいかない。昇格するには1試合あたり1.875点の勝ち点が必要と僕は計算していたけれど、20試合消化時点の今はつまり37.5点あればよいということ。現在2位の大阪が20試合消化で38点、3位の山形が同じく37点なので、だいたいその通りペースになってる。

ついこの間まで、大阪も山形も近くにいると思ってたのだけどな。

仮にシーズン終盤までリーグ全体がこのままのペースで行くとするならば、最終的にほしい勝ち点は42*1.875=78.75なので、昇格のためには僕たちには残り22試合で53.75点が必要ということになる。

これは、16勝6分0敗から、17勝3分2敗、そして18勝0分4敗というような勘定。16勝以上はしないといけないし、負けることがあっても4敗まで。

いうまでもなく厳しい状況だけれど、どこまで行かれるか、がんばるのみです。そのがんばりは必ず将来に繋がるはず。





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takaoh
温いビールは飲みたくない。きりっと冷えたビールが飲みたい。


アウェイ紀行松山編【続き】

松山紀行の続き。
昨日は漱石と子規だったので、今日は残りの二人、秋山兄弟編。
愛媛に行く前に、戦艦三笠を訪ねていたので、それとセットで「坂の上の雲」のまち、松山。

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お土産やさんのアーケードにも「坂の上の雲」のまち。

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バスにも「坂の上の雲」のまち。

「坂の上の雲」のまちの看板はスタジアムのピッチ脇にもあったのでテレビに映っていたのに気が付かれた方も多いはず。

司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」は、できたばかりのちっぽけな明治日本が、当時の欧米の列強の植民地政策の中に飲み込まれまいと、人々が志高く努力してがんばったという話を描いた長い小説。松山出身の秋山兄弟、正岡子規の3人が主人公で、また来年からNHKでドラマ化されることが決まり、撮影が始まったこともあって盛り上がっているのです。

秋山兄弟ゆかりの地として、まずは生家を訪れてみました。最近復元したばかりの家を見学できるようになっていて、入るとボランティアの方たちが丁寧に解説してくれました。松山に来る前に三笠に行って来たことを告げるととても喜んでもらいました。

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こちらが弟の海軍の参謀・真之の像。当時作られたオリジナルを元に、1.5倍のサイズで新たに作られたものだとか。どこかで見たなあと思ったら、これの小さいものが三笠の中にありました。

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なんだか感激。手の位置が逆だけど。

天才的参謀のこの人は寝食を忘れて常に作戦に没頭し、最後はやるだけのことはやったので、運を天に任せるしかないという境地に至ったようです。実際、ロシアの世界最強といわれたバルチック艦隊を破ったのは、運によるところが大きいと言いながらも、一方で勝つべくして勝ったとも言っています。やるだけのことはやったので、運を味方にすることができたということなのでしょう。そもそも、東郷元帥が司令長官に選ばれたのも、その運のよさを買われてのことだったという説もあります。戦いには指揮官の運も必要なのでしょう。

さて、それから道後温泉にある兄・好古のお墓をお参りして、坂の上の雲ミュージアムに行きました。

坂の上の雲ミュージアムは、小説に登場する人たちの手紙や遺品や作品などの展示、一般的な明治時代の人々や時代についての展示物の他に、いろいろな人たちの小説「坂の上の雲」に関する、エピソードや思いなどを、あるいは習字だったり、あるいは絵画だったり、あるいは彫刻だったり、作文だったり、さまざまな形で展示しています。ネット上の掲示板にファンが集って文章を寄せたり画像を載せたりというのに似た感じ(こっちが本物でネットがバーチャルなんだけど)でした。貴重な資料の博物館であり、ファンの集う場所でもあるようです。普通の市民による作品も多い中、なにか登場人物にゆかりがあったり、地元にゆかりがあったりする各界の著名人の手になるものも展示されていました。

たとえば、

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しりあがり寿さんの作品があったり、

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これは山本容子さんの作品。他にも日比野克彦さんの作品、荒木経惟さんの作品、ドラマで真之役をやる本木雅弘さんによる真之辞世の句を書いた作品などなど、たくさんあって楽しめました。

そんな中、僕の目を引いたのが、地元松山出身のマラソン選手、土佐礼子さんの文章。

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昨年、一時は出場が危ぶまれる怪我の後に出場した世界陸上でのこと。レース終盤、順位を落としたものの、絶対に諦めず、「どんなに苦しくてもダメだと思った瞬間に脚は動かなくなる」と粘り、最後は銅メダルと、そして北京オリンピック出場権を獲得したのだ、と。

マラソンは42.195km。今年のJ2も42試合。明日で折り返しの21試合目・・・僕らもまだまだこれから後半を粘り強く、苦しいときも乗り越えていこうと思ったのでした。

ところで街に出ると、愛媛FCショップみたいなのがありました。

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ディスプレーはなんともおおらかな感じで・・・こういう態度はなかなかよいものなのもかもしれませんね。

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ちなみにスタジアムではなぜかこんなステッカーをもらいました。サポの方たちはうれしいだろうな。




了
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takaoh