自由の女神(Miss Liberty)

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先週はNYに行っていまして、NYといえば自由の女神。本当はNY州ではなく対岸のニュージャージー州にあるんですが、生まれはアメリカではなくフランス。

この「自由の女神(Statue of Liberty)」像は、アメリカ独立100周年を記念して、今から100年以上前にフランスから贈られてやって来ました。アメリカもお返しに、フランス革命100周年を記念して同じ(やや小ぶりの)自由の女神をフランスに贈り、そちらはセーヌ川に立っています。

自由の女神に関してアメリカとフランスは縁が深い。なぜでしょうか?
そもそも自由の女神とはなんでしょう?

アメリカ独立革命

アメリカはイギリスの植民地として当初は選挙権も無い代わりに課税もなく、わりと自由にやらせてもらっていたようですが、戦費を賄うために、選挙権のないまま課税されることになりました。これに対し、アメリカの人たちは「代表なくして課税なし」と立ち上がって、1775年に独立革命を起こすことになります。

このとき、「革命おっこーせ〜っ」と訴えたアメリカのコールリーダーが、「我に自由を与えよ。しからずんば、死を。(Give me Liberty or Death)」の言葉で有名なパトリック・ヘンリーで、この言葉は後にフランスに大きな影響(日本の自由民権運動にも)を与えます。

当時のフランスはルイ16世の下、極少数の特権階級が優雅な暮らしを送り、98%の平民が苦しい生活を強いられるという旧体制でしたが、そこへアメリカで自由と平等などを謳った「独立宣言」がなされます。また、独立革命にはフランスからも援軍を送っていたので、フランス人たちはアメリカで自由と民主主義が勝ち取られていく様を間近で見ていたわけです。

フランス革命

影響を受けたフランス人たちも1789年、いよいよ「革命おっこーせ〜っ」と立ち上がり、フランス革命が起こります。このとき、革命を起こす市民軍たちは「ラ・マルセイエーズ」を歌い、シンボルに、パリ市の旗であった赤青旗に王家の色である白を混ぜた三色旗を使いました。

そして、アメリカの独立革命に自ら参戦して自由を学んだフランスの政治家ラファイエットによって自由と平等と博愛の精神などを謳った「人権宣言」が書かれ、近代市民社会の礎となっていきました。

このように、市民が自由と民主主義を勝ち取ったアメリカの独立革命がフランス革命に大きな影響を与えたわけで、フランスは独立革命100周年を記念して自由と民主主義の象徴としての「自由の女神」を贈りました。

自由と民主主義のシンボル

NYの「自由の女神」像のモデルとなったのが、ドラクロワの絵画にも描かれるこちらのマリアンヌ。マリアンヌこそが「自由の女神」そのものであり、フランス共和国のシンボルなのです。

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マリアンヌが手にしているのが三色旗で、これをフランスは国旗として扱っています。青が意味するのは「自由」、白が「平等」、赤が「博愛」。(ラファイエットの提案により、ブルボン家の白を混ぜたのですが、当時はまだ特権階級による旧体制を倒そうとは思ったものの、国王に対しては敵対心は持っていなかったといわれています。)

約200年前に自由と民主主義を自分たちの手で勝ち取ったアメリカとフランスのお話でしたが、その象徴となるのが「自由の女神」であり、「自由の女神」こそが手にするのが、傘なんぞではない、この三色旗、通称トリコロールというわけです。

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というわけで、横浜とはまったくぜんぜん関係ない話でした。