アウェイ紀行松山編【漱石と子規】
2008年06月23日
大仰なタイトルにしてしまったが、松山紀行の一回目。 松山といえば、「坂の上の雲」の街ということで秋山兄弟と正岡子規、それに加えて、夏目漱石というのが現在セットで売り出し中のようで、そんなポスターをたくさん見ました。漱石と子規は東京大学予備門でのクラスメートで、後に漱石が英語教師として松山に来た頃、しばらくの間、子規とも一緒に住んでいたようです。 今回の遠征は一泊していろいろ見てきたので、せっかくなので松山紀行漱石と子規編。 まずは坊っちゃん列車に乗ってみました。観光用に1時間に一本程度の運行のようです。日曜の9時台のものに乗りましたが、乗客は他になし。貸しきり状態で楽しみました。
路面電車の路線を、蒸気機関車ではないんだけれど、ディーゼル機関車が引っ張ります。運転席の真ん中あたりに、今は使われていない炭を入れる炉が見えます。
車内はこんな感じで、坊っちゃんによればマッチ箱のようということだけど、それは徳用マッチ箱ですね、きっと。木の匂いが懐かしい感じです。
到着した先は道後温泉。残念ながら、温泉に入る時間がありませんでしたが、次回はぜひ入浴してみたいものです。千と千尋みたいな外観が楽しい。この建物は明治からある由緒正しいものだけど。
坊っちゃんキャラクター大集合で迎えてくれました。赤シャツとかのだとか山嵐とか、見てるだけで楽しいです。のだには「のだのクセに生意気だ」と言っておきました。 道後温泉をあとにして、また市内の中心地に戻りました。
これは、坂の上の雲ミュージアムのすぐ上にある愚陀仏庵という、夏目漱石が松山時代に住んでいた家を復元したもので、当時、1Fに子規が住み、2Fに漱石が住んでいたそうです。
松山市駅近くのお寺にある子規堂。子規の住んでいた部屋を復元したり、使用していた道具などを展示していたり、静かだけど圧倒するなにかを感じました。病床の身でありながら、俳句の世界で戦う様は壮絶で凄まじい。僕は元気な身だけれど、この人のエネルギーには敵わない。
こちらは、子規堂の中に展示されていた、四季を描いた色紙。 正岡子規式四季色紙。
市内の県庁前の、今ではNTTになっている場所にある、松山中学の跡。ここで秋山真之さん、正岡子規が学び、後に漱石が英語教師を務めたという場所です。
松山は特に観光に力を入れているようで、街中のいろんな場所で坊っちゃん&マドンナの観光ガイドさんたちを見かけました。一緒に写真を撮ってくれたりします。こちらは坂の上の雲ミュージアム近くで一枚。坊っちゃん&マドンナは大勢みかけたけど、そういえば、秋山真之さんも1人お見かけしました。真之さんに傾倒しているおじさんが夏の白い軍服で腰に短剣をぶら下げてコスプレされてましたが、なんだかそういうのって楽しそうだなあ。 ところで、正岡子規といえば、一方で、野球を広めたことでも有名で、日本の野球界の殿堂入りをしている。東大には当時アメリカ人教師がいて、彼らから野球を教わったということで、「野球」という名称自体、子規が考えたものだとか。「ベースボール」だから直訳すれば「塁球」になるはずだけど、本名の「のぼる」にひっかけて「野(の)球(ぼーる)」にしたんだとかいうウワサです。それ以来、愛媛では野球が盛んになったということなんだけど、松山にある立派な野球スタジアムの名称は一般公募の結果、「坊っちゃんスタジアム」・・・そっちか。最寄駅は通称「のボール」駅になってバランスを取っているようです。漱石は英国留学時代、サッカー観戦はしなかったのかな?調べてみよう。(東郷元帥はニューカッスルの試合を観戦したようです。) -- takaoh
- posted by takaoh
- 11:57
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コメント
この記事に対するコメント一覧
- Re:漱石と子規
- お疲れ様でした<(_ _)>
私はメインで観戦しておりましたが
本当に酷い雨の中よくやってくれました!
明日も主人と参戦します!!
道後温泉は試合の翌日に本館の外観だけ見ました。
飛行機の時間があったので今度はプライベートで温泉入りたいですね^^;
- posted by 菊池涼
- 2008-06-24 20:20
- Re:漱石と子規
- 菊池涼様
コメントをありがとうございます。ひどい雨でしたね。
翌日に道後温泉行かれましたか。僕は10時ごろにうろうろしてました。ニアミスですね。入湯料400円だし、次回はぜひ入ってみたいです。
- posted by takaoh
- 2008-06-24 23:06


