で、つづきをだらだらと

昨日のつづき。

この時代---というのは、日本が明治になり、初めて国家というものができて、国際社会にごくごく小さいながらも加入して、それぞれの人が立身出世をすることが国のためになると努力した頃、やっと日清戦争になんとか勝利するにいたり、国民の盛り上がりは凄かったらしい。(まだまだサムライたちの時代であって、人々のマインドも、時代背景も、昭和に入ってからの戦争とは様相も意味合いも異なるので注意。)

次の相手はいよいよロシアか、と国民の方が日露戦争の開戦を期待し、ロシアと自分たちの戦力を比較しながら、普通の人々がああでもないこうでもないと戦略を議論している様はまさに、ワールドカップに初出場した頃の日本の様子を思い出させる。もっとも日本にはまともな戦力がなかったため、ロシアに立ちうちできるための海軍を建設する費用が実に国家予算の半分を占める年が数年続くことになったのだが、それでも不平はほとんどなく、みんなでがんばったんだとか。

その頃、日本にトルコの海軍が表敬訪問にやってきて、帰り道にエルトゥールル号が和歌山沖で難破し、大勢の犠牲者が出たのだが、日本人が難破した人たちを助けたため、それ以来、トルコは親日派であるという話がよく日韓W杯の頃に伝えられたので覚えてらっしゃる方も多いかと思う。この生存者たちを日本の海軍が後にトルコまで送っていくのだが、その船に秋山真之さんも乗っていたのだそうだ。

トルコは当時、ロシアとそのバルチック艦隊に圧力を受け苦しめられていたため、東郷平八郎率いる(その参謀が秋山真之さん)日本の連合艦隊がロシアに勝利したとき、それを喜んで生まれた子どもや通りに「トーゴー」という名前をつけるのが流行ったという話である。それから約100年後のW杯で日本が初めて勝利したのがロシアで、最後に負けた相手がトルコだったというのは、不思議な符合だ。

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トーゴービール。オランダ産でけっこううまい。

ちなみに、艦隊を作ったのは海軍大臣の山本権兵衛、現場で率いたのが東郷司令長官、作戦を立案したのが秋山さんら参謀ということで、サッカーチームの監督の方が少し職務が多いようです。

日本海海戦の開戦前、山本権兵衛と東郷元帥が明治天皇に会った際、東郷元帥は「撃滅いたします。」と誓ってしまう。これを山本権兵衛に、「撃滅するつもりです」といわずに「撃滅いたします」と言ったからには、撃滅できなかった場合の責任の取り方について、切腹だよと突っ込まれたようです。「〜を目指す」ことと「〜をすると誓う」ことには意外に大きな違いがあるのだな。

日本海海戦の開戦時の出撃にあたり、そのことを踏まえて、「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」という、名文で有名な報告を秋山さんが起草することになったそうです。

とりとめなく書いてますが、というわけで、松山では秋山兄弟の生家を訪ねてこようと思います。(お墓は鎌倉霊園。)




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takaoh


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コメント

この記事に対するコメント一覧
Re:で、つづきをだらだらと
takaohさん、こんにちは。

全て読ませていただきました〜。
でも本当にtakaohさんはスゴイですね!!
いろいろと調べて、それをまとめる。しかも分かりやすい。(歴史がニガテだった私には助かりました笑)

この土曜日ですね、愛媛戦。
チームの応援、そして観光楽しんで来て下さい。
愛媛といえば、みかんしか思いつかなかった(笑)
Re:で、つづきをだらだらと
こんばんは(^-^*)/
続きがあったのですね。そのトルコ国民は、未だに、その当時の恩義を忘れず、あのイラクで戦闘が始まろうとするさなか、残された邦人を国家をあげて民間機を飛ばし助けてくれた話しがありましたね。イラク上空が時限猶予の間になんとしても救わんとトルコ国家の威信を掛けた覚悟を感じました(T^T)
takahさん、トーゴーターンならぬ都並ターンは、GOOD!!JOBですね(゚▽゚)/
Re:で、つづきをだらだらと
みきさん

おもしろい話はまだまだたくさんあるのだけれど、ぜんぜんまとめきれてません。なにしろ長い話なのです。そのうちぼちぼちと・・・乞うご期待。
Re:で、つづきをだらだらと
コスモス様

コメントをありがとうございます。

1985年のことですね。

トルコ料理だって世界3大料理の一つに数えられるのに、普段は日本ではあまりトルコは馴染みがありませんので、少し不思議な感じすらしますね。
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