変わるものは変えられるもの。

漫画雑誌にあぶさんという漫画が連載されてます。
主人公は60歳、還暦を越えて現役のプロ野球選手で、ホームランを量産しています。

息子はエースピッチャーでどこかのチームに入団してました。
いい加減、息子のほうもベテランになる歳に入ってきたはずです。

今週号で、その主人公の高校時代の教師というのがプロ野球のスカウトに復帰したという回をやっていました。

この漫画は、キャラクターや社会情勢は時勢に乗って変化していくのですが、
いつのころからか主人公とその周辺だけ、年齢は加齢していくのにほぼ
変化を止めてしまいました。いつまでも変わらない。
まるで、昔の建造物のように、経年で変化はするがたたずまいは換わらないように。

なんともいえぬ、不気味さをもっている漫画になっています。
私は、この漫画を、現実世界で野茂、イチローが登場したころから
目にすることをやめた覚えがあります。
現実が、漫画を超えてしまったからです。
その後もこの漫画は、一種不気味な、年寄りの迷惑な妄想のようなものを垂れ流している特異な連載として続いていました。

変わるものは、変わっていくべきものだと思うんですね。
あぶさんは、40歳後半に入る前に、静かにバットを置くべきだったと思うんです。
息子がエースピッチャーとしてプロデビューしたのならそれでいいじゃないか、と。
なにか、変えようも無い事実、現実と正対しない姿勢というのは、それがいかに
美しい夢であっても、異様な腐臭のようなものを伴って感じるのは私だけでは無いと思うんです。

あぶさんは、その後監督になってホークスを優勝に導くとか、他にもその存在を時間経過に沿って生きていく術があったと思います。
還暦を越えて未だにホームランバッターだと言われても。
変わるものは、より良く変えていくべきものだと思う。
変化は恐れるものでも、否定されるものであってもならないと思っています。