老いゆく横浜に住んで

私は今、横浜のいろいろな郊外に出向く仕事をしています。

そこで感じる、厳然たる現実として、この街の老いがあります。
平日の午後。この街の住宅地はまるでゴーストタウンのようです。
人はみな、車道で寿司詰めになっているか。
あるいは。
東京です。

郊外の午後は、子供の声を聞くことが出来ません。
収容所のような学校施設に、少しお洒落なアメリカの囚人のような。
体操服を着た少年少女が、先生の姿も見えないグラウンドにたむろしている。

時より、お年寄りだけがすれ違う。20年後の私がそこにいる。

横浜FCを楽しみに三ツ沢に集うヨコハマ、を考える前に。

今、そこに確かな足音を響かせる、この街の老い。
目の前の老いといかに向き合っていくのか。
郊外を午後走る私は、そこにむしろ、サポーターとサッカーチームの
あるべき明日の姿が見えてくるんじゃないかって思っています。