98年、"あの日"まで。 その1

三ツ沢でフリューゲルズとコンサの試合を見た後、結構面白いかも、と感じ始めた私。
あれだけ散々な状況でも、特に面白いと感じる内容の試合でもなかったのに、
これは、なにかひきつけるものがあったんでしょうね。
その後は時間を合わせては足しげくスタジアムに通うようになります。
丁度、会社を辞めたころで、それなりに時間があり、バイトとかをしながらの生活でした。そのころ、どこかに定職を求める訳ではなかったのでブラブラと
していたことも手伝って、横浜で行われるJの試合はほぼ全て、毎週通っていたと思います。
(マリノスとフリューゲルスが隔週でH&Aの試合をしていたので、毎週横浜でどちらかの試合をやっていた。)

まあ、めったにこのBLOGで登場することもないでしょうから、当時の鞠のことでも今日は書きます。

マリノスは中村俊輔がちょうど登場して騒がれ始めたころで、あのフリーキックが決まったのを始めて見た時は痺れました。
角度の無い位置からズドン、という感じで。
あの25番、誰?誰?って感じでしたね。

井原が日本代表キャプテンということで、個人的には凄い好きだったんですけど、実物をスタジアムで見るようになったころは最晩年というかんじで、
反応が鈍く、あのころ登場してきたJのニューカマーにはすでにスピードで付いていけていない感じでしたね。
そのうえ、やたらと汚い。こずく、引っ掛ける、という最低なラフプレーを乱発する。テレビの頼れる好青年のイメージを叩き壊してくれました。
へたくそなディフェンダーの見本として、今でもだいっ嫌いですね、あいつ。

川口が熱かったな。あのころの熱い川口のほうが好きだな。
試合で、市原戦で大逆転して勝った試合があって、
そのときの川口の、前半駄目駄目だったチームに大声で渇を入れ続けてたのが、
今でも私のゴールキーパーによるコーチングシーンの原点ですね。

そしてマリノスといえば城ですよ。
嫌いでしたねえ、ええ。コイツが出てくると大ブーイングですしね。
けど、あの身体能力は凄かったなあ。三ツ沢でヘッドで決めるときは、
まるでゴール前に現れた怪鳥って感じで。ちょっと惚れた、またそんな自分が嫌で。
Jなんかレベルが低い、俺はスペインとか言ってた(らしい)し。

印象に残ってるシーンがありまして。Jが再開されて始めてのマリノスとV川崎(当時)が、
いわゆる伝統の一戦を横国でW杯明け初戦をやったときです。
Jバブルが弾けて、かつての黄金カードがガラッガラでしてね。観客何人だったんだろうか、あれ。
いやあ、時節を感じるなあって感慨深く観戦して。
その試合、確か鞠が勝ったんですよ。そして試合後にカズが城に近づき、
ユニホーム交換してた。
仲悪いとかいう話じゃなかったんか、と思いながら、そしたらそのシーンが
横国のオーロラビジョンに映されてるのを鞠サポが大ブーイング。
そんなのを見てました。

と、これがマリノスの観戦での印象。最初は、マリノスゴール裏にもいましたね。
けど、何かマリノスについては、あんまり印象にないんです。
今もそうですけど、なにかこのチームは印象に残らない。心に残らないところがあるんだよなあ。
なんか、あの当時からマリノスへの愛着は沸かなかったかな。

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きっかけ

私のサッカー観戦、初の生体験は、98年、フランスW杯明けの初戦。
三ツ沢競技場で行われたフリューゲルズVSコンサドーレでした。
日付は忘れた。6月の末だった気がするけど。7月だったのかな。
あえてググッて調べない。
その事をもって、そういう程度の意識だったと思ってもらえれば。

当時、サッカーバブルが丁度はじけたころ。
私は、カズだ武田だラモスだで無駄に盛り上がってたころのサッカーブームってヤツがどうもうそ臭く、
肌に合わなかったことも有り、三ツ沢のすぐ近くに当時の勤め先があったのにも関わらず、それまで一度も試合を見に行ったことがなかったんですね。
三ツ沢に続く山道におかれた車が、良く駐車違反切符取られてたなあ、と。

だからチケットの取り方とかも全く判らず。とりあえず、試合が再開されるのがその日だってことで、見に行くことに。

せっかくW杯に出たものの結果は惨敗。城は大嫌いで、ニヤニヤ笑うな、全部お前のせいだってテレビに毒ついてた時期です。
国内的に、サッカーはドツボって感じでしたね、当時。

当日はどんよりした曇り空。当日券だったか、前売り券だったかも。
フリューゲルズのチケットは凄く安くて、ゴール裏が1500円でした。だから、前売りで買ったんだろうな、たしか。当日券も2000円だったころです。

三ツ沢は閑散としていました。コンサのゴール裏が頑張ってたなあって印象がある。北海道から大変だなって思ってました。アウェー側ってドラマあるよね、なんて思いながら。
目当てがフリューゲルスだった訳でもないので、あっち側に座っててもよかったかなあって思ってたなあ。(その思いから実際、三ツ沢、横国に通いつめるようになってしばらく数試合はアウェー側に座ってる)

フリューゲルズのことなんて、その試合まで名前も知りませんでした。

横浜って言えば、サッカーチームは川口、井原のマリノスだったからです。

だから、楢崎と山口がいたのには驚きました。へぇー。代表に選手送ってるんだ。サンパイオもセレソンだったんですよねえ。

まずは、記念品にって思い、フリューゲルズのマフラーを購入。
Jリーグも下火だし、俺知らないこのチーム、早晩無くなっちゃうんじゃねえの?記念に買っとこう。
そんなこと、何気なく思いながらの購入でした。
(なんとまあ、これがその後すぐに現実になるとは。)

ドキュドキュグワワワン、ボカーンって、例の選手紹介のあと、7時4分のキックオフ。
同時に、土砂降りの大雨が振り出す。最悪のコンディション。
ウーゴ・マラドーナとバルデスに散々な目にあっているフリューゲルズ。
やっぱ外人スゲーや。外人次第なんだよって思ってみてましたね。
規定の90分で決着つかず。当時は延長戦が30分。時計の針は9時半を回って、
それでも決着付かず。結局、PKでフリューゲルズの勝利。
長く窮屈ないすに座って、パンツまでビショビショですわ。
頭の上には買ったばっかのフリューゲルズのタオマフがぐちゃぐちゃ。

でも、なんとなく面白かったんですよ。サッカーってもんが。
こうして私は、最初、横浜に住んでる記念に、一回見たら、もう二度と来ることも無いだろうって思ってた三ツ沢に、
その後、ずっと通いつめることになります。
これが、私のサッカー初体験、そして三ツ沢初体験、おまけにフリューゲルズ初体験でした。

つづきます。

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Jリーグ、ただ今33チーム。

本日、そして明日。横浜FCは試合を行いません。
しかし、こうしている間にも日本中で、Jで戦うチーム。そして、Jを目指すチームの試合は行われています。

セレッソ、負けました!
これ、メッチャ大きいんだと思いたいよ。

岐阜、すげえな。リーグ折り返しでこの位置は、これは本物か?
来年とか、マジでJ1目指す位置に上がってくるか?
もしかして奇跡のチーム?

仙台、競り勝ったか・・・。水戸、三ツ沢でも感じたけど、強くなってるな・・・。

J2リーグ。確実に、上位と下位の差は縮まっている。
広島は確かに抜けてるが、これはいわゆるオリジナル10の貫禄かな。
明日もまだまだわからない。もしかして、上位陣総崩れもあるかもしれん。
楽しい。本当にJ2って楽しいんだよ。

昇格した去年。なんか、あんまりワクワクしなかった人、多いんじゃないかな?
まあ、降格したとか、勝てなかったとかより。
メンタルの持ち方として、選手もサポも。

真剣勝負の場としてのJ1って、本当は楽しいだけじゃないんだよ。きっと。
お客さんにとっては、そりゃJ1は華やかでいいかもしれない。
なんとなく、人もあつまるリーグなのかもしれない。
でも、あのリーグの本質はそんなことじゃねえ。
あそこは、サポも選手も。真剣に命を取り合う場なんだ。己のレーゾンデートルを賭ける、賭けるに足る場なんだ。
去年の横浜FC。未だおのぼりさんだったと思う。覚悟が、足りなかった。
浮ついてた。すべてが。
チームも、フロントも、サポも。

次にあがる時、本当に戦いたいって思うね。あのリーグで。己の存在証明をしたい。
それがJ1だ。

さあ。JFLも前期終了、折り返し。
横河首位ですか。俺たち横浜FCの連覇で始まった新生JFL(これ、凄く重要)。
10年目のJFL。隔世の感。

ファジアーノ凄げぇ!
来年、もしも横浜FCがJ2残留なら。こことの試合は楽しみだよ。
ガイナーレ。上がってきたよ。
今年駄目なら、もうJは目指さないことが決まってる鳥取。
キャプテン吉野。伝説の男小村。奇跡の昇格、本当になるか?
NW北九州。
マジか?もしかしてもしかするかも?

J2リーグ、22チームまでで一区切り、JFLとの入れ替えが始まることが決まりました。
水戸があがり、その後すぐに横浜FCが昇格して8年。
J2リーグがいつ、その全容を見せるか、まったく想像もつかなかったあのころ。
もう、22チームまで、もうすぐそこまで来たんだ。
それは、もしかすると再来年くらいのことかもしれない。

横浜FCは、そこにいる。今日も、戦ってる。上を目指して。
試合の無いこんな日にも、その事実が、凄くうれしい。

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それぞれの "F"のともし火のなかから・・・

フリューゲルスと横浜FCの関係については、各人がその心である程度の
整理はつけて、それぞれのスタンスをもって接していることだと思う。

いわば、神棚のご神体、仏壇の中の仏像、キリストのICON。それについての、
さまざまな見解と言い換えられると思う。

同じものを、同じ時空軸で同じ空間で見つめるとしても。その心の視座は結構まちまちで、これをまとめる事は難しい。

だから、俺は横浜FCはあくまで横浜フリューゲルスだと、ある種の信念として持ち続ける。たとえ目の前の、法人である横浜FCが、その運営上どのようにこの、もっともデリケートでもっとも重要な課題を取り扱い、いわば解決済みの問題として扱っていようとも、俺は俺のフリューゲルスを過去も、現在も、これからも見続けるし、心の中で望み続けている。

公式見解として、Go on F!orever が発売された。
インタビュー記事、各種公式記録、貴重な情報がたくさん添えられ、美しい写真でつづられたこの「正史」について、その編纂の労をねぎらい、感謝とリスペクトの念を送ることに異論は無い。

でも、これだけは言わせてくれ、という視座も、
遠くに離れた位置からでも、10年間の歴史をこのチームと共に歩んできたと思ってる俺にもあるんだよ。

横浜FCは奥寺のチームと呼ばれるだろう(川渕氏)
横浜FCは横浜フリューゲルスでは無い(豊島氏)
会社としての体を成していなかった(現社長、坂本氏)

どうしても、一言、付け加えたい。そして、これが俺の見てきた横浜FCだってものを残してみたい。そう感じた。
だから、こんなカテゴリーをつくってみました。

これは、俺にとっての横浜FC史です。俺にとってのあるべき横浜FC像を描くスケッチブックです。そんな感じで書いていきたいかな、と思ってます。次の投稿からは、そういうスタンスで書き込んでいきます。
だから、ある人にとっては、お前のそんな解釈は絶対容認できないってことも多々でてくるかもしれない。
けど、だからこそチームはあると思ってます。横浜FCはそんな、いろんな意見のぶつかりあうチームであり続けてほしいと思っています。

(ま、だれも読まないような今更なことばっかりかもしれないけど。それでもこういう公式と名乗るところにこそ、あえて残しておきたいかな、と思ってます。)

2008-06-22

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〜横浜FC、10年の今までとこれからと〜 一人のファンが、どうしても、記しておきたいこと。

まず初めに言っとくこと。
カテゴリーからもわかるように、私は横浜FCはフリューゲルスだ、と思ってます。
これについては異論多々、これだけで本が三冊くらい出来るでしょう。
しかし、私はこの立ち位置にで横浜FCを見てます。

横浜FCは、まぎれもなく横浜フリューゲルスとイコールの存在である。
横浜FCは、いずれかのときにフリューゲルスを名乗るものである。
横浜FCの歴史と横浜フリューゲルスの歴史は、一定の時を置き、ひとつのヒストリーとしてまとめられるものである。

生まれ変わりでも魂の云々でもない。
横浜FCこそは、即ちイコールとして横浜フリューゲルスである。
99年のチーム設立のときから、それはいずれひとつになるものである。
そういうふうに、思ってます。

このカテゴリーには、そんな目線の一人の立場から、今までの10年間と、これからの横浜FCの足取り、歴史を、編纂していきたいと思ってます。

2008年6月17日 

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