98年、"あの日"まで。 その1
2008年07月15日
三ツ沢でフリューゲルズとコンサの試合を見た後、結構面白いかも、と感じ始めた私。 あれだけ散々な状況でも、特に面白いと感じる内容の試合でもなかったのに、 これは、なにかひきつけるものがあったんでしょうね。 その後は時間を合わせては足しげくスタジアムに通うようになります。 丁度、会社を辞めたころで、それなりに時間があり、バイトとかをしながらの生活でした。そのころ、どこかに定職を求める訳ではなかったのでブラブラと していたことも手伝って、横浜で行われるJの試合はほぼ全て、毎週通っていたと思います。 (マリノスとフリューゲルスが隔週でH&Aの試合をしていたので、毎週横浜でどちらかの試合をやっていた。) まあ、めったにこのBLOGで登場することもないでしょうから、当時の鞠のことでも今日は書きます。 マリノスは中村俊輔がちょうど登場して騒がれ始めたころで、あのフリーキックが決まったのを始めて見た時は痺れました。 角度の無い位置からズドン、という感じで。 あの25番、誰?誰?って感じでしたね。 井原が日本代表キャプテンということで、個人的には凄い好きだったんですけど、実物をスタジアムで見るようになったころは最晩年というかんじで、 反応が鈍く、あのころ登場してきたJのニューカマーにはすでにスピードで付いていけていない感じでしたね。 そのうえ、やたらと汚い。こずく、引っ掛ける、という最低なラフプレーを乱発する。テレビの頼れる好青年のイメージを叩き壊してくれました。 へたくそなディフェンダーの見本として、今でもだいっ嫌いですね、あいつ。 川口が熱かったな。あのころの熱い川口のほうが好きだな。 試合で、市原戦で大逆転して勝った試合があって、 そのときの川口の、前半駄目駄目だったチームに大声で渇を入れ続けてたのが、 今でも私のゴールキーパーによるコーチングシーンの原点ですね。 そしてマリノスといえば城ですよ。 嫌いでしたねえ、ええ。コイツが出てくると大ブーイングですしね。 けど、あの身体能力は凄かったなあ。三ツ沢でヘッドで決めるときは、 まるでゴール前に現れた怪鳥って感じで。ちょっと惚れた、またそんな自分が嫌で。 Jなんかレベルが低い、俺はスペインとか言ってた(らしい)し。 印象に残ってるシーンがありまして。Jが再開されて始めてのマリノスとV川崎(当時)が、 いわゆる伝統の一戦を横国でW杯明け初戦をやったときです。 Jバブルが弾けて、かつての黄金カードがガラッガラでしてね。観客何人だったんだろうか、あれ。 いやあ、時節を感じるなあって感慨深く観戦して。 その試合、確か鞠が勝ったんですよ。そして試合後にカズが城に近づき、 ユニホーム交換してた。 仲悪いとかいう話じゃなかったんか、と思いながら、そしたらそのシーンが 横国のオーロラビジョンに映されてるのを鞠サポが大ブーイング。 そんなのを見てました。 と、これがマリノスの観戦での印象。最初は、マリノスゴール裏にもいましたね。 けど、何かマリノスについては、あんまり印象にないんです。 今もそうですけど、なにかこのチームは印象に残らない。心に残らないところがあるんだよなあ。 なんか、あの当時からマリノスへの愛着は沸かなかったかな。
- posted by 八月のエリゼウ
- 20:40
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