知らないあなたを、応援するということ。
2008年06月19日
私にはスポーツ経験が無い。団体競技ももちろん参加したことも無いし、 共同作業というのがとても苦手な人間である。 よく、醍醐味とされることに、応援するチームと共にひとつの物事に挑戦し、 それを成し遂げる達成感、そのとき生まれる連帯感というものを、 スポーツ観戦者のひとつの基本形のように語られる。 俺たちはひとつだ。家族だ、なんて。 私は、そんな連帯感にどうしても浸ることが出来ないタイプである。 彼らは確かに英雄だし、応援する自分たちはまさにその中でひとつのなにかになっているような、錯覚は覚える。 しかし、彼らはどこまでいっても彼らである。それ以上では無い。 ゴール裏のような、典型的な応援組織、サポーター組織も、そういう意味でとても違和感を感じる。 個人的に、心していることがある。 ひとつ。 選手は、今いる自分を精一杯戦っている。すべてを出し切れていないなら、 それは結局その選手がそれまでだから。 だからブーイングはしたことが無い。力を出し切れなかったのを含めて、それはその選手の実力なのだから。 そしてもうひとつ。 選手に、サポーターとしての自分を押し付けない。 好き勝手に、勝手に迷惑な思い入れを押し付けているのは自分である。 応援している人たち、チームが勝利することを望んでいるのは、結局は自分自身のいわば執着。それも。自分とは本来リンクしない人生を進む人たちの、 努力の報われる一瞬。 だから、試合終了の笛の音を聞いたら、すばらしい命の躍動を見せてくれたその人たちに。せめてもの拍手を送る。 私に出来ることは、これだけだと思ってる。 選手とは、スタジアムの人たちとは、それ以上には深くかかわりあいたくないと、むしろ大切な空間だからこそ。思ってる。 こういう人、実際はわりと多いんじゃないかな、と思ってます。
- posted by 八月のエリゼウ
- 19:24
- Insect's eyes, bird's eyes, and corns

