横国ってものの正体についての、二三の考察。
2008年07月06日
その建物を外周を回り道しながらA自由席入り口となる東口ゲートに向かいながら歩き、巨大なコンクリートの構造物を仰ぎ見て思った。 これは、城だ、と。あの建物には、周囲とその内部を隔絶させる存在としてそそり立っている。 長大なその城壁をめぐる時、その内部に侵入していくことで私たちを日常とは違った空間へと誘っている。まるで、エアポケットのように。 そしてそれは、明らかな人間の意志によってそそり立っている。 人類の、英知であったり、暴力性であったり、そういうパワーの象徴、莫大な富と、人の群れで武装した街としての横浜の象徴のような。 いつもの三ツ沢は、開かれてるのにくらべ、なんという威容であることか。 いや、三ツ沢は秘められている、といった方が正しいか。 日常との狭間を感じさせるトワイライトゾーン、静かな杜のような。 横浜国際の、この城壁を越えることで、人はパワーの波に飲み込まれていく。そのパワーと一体化していく。なんだか、強くなったような。この偉大な存在の一部に、自分自身がなれたかのような。 そしてそれこそが、日産の名を冠する事に躍起となった所以ではないかと思う。文化としての造詣ではない、権力の象徴としての城壁。 この日、この城壁に導かれたのは36945人という発表者数。 少ないよ。結局、4万人を集めることが出来なかった。 この異様な建物は、その程度の集客では満足していない。寿司詰めのバックスタンドで、試合なんて何の興味もなさそうな、ただこの城壁のパワーの一部として飲み込まれたくて集まってきた人たちに揉まれるようにして観戦していながら、でも、足りない。 そして、判ってしまったこと。この城壁に集まる人たちの多くは。 この城壁の中に取り込まれることそのものが目的なのだという、こと。 これは、根本的に考えを改めないといけないのではないか。 人は、このパワーエリアに進入することこそを目指すのであって、そこで行われる催しに意味を求めているのでは無い。 チームは、試合を、選手を面白くしなくては、と言う。 違うんじゃねえか?そういう仕掛けで、人は集まってきていないんじゃねえか? 集客って。結局そんなことじゃなかったんじゃねえのか? そう、感じてる。 このチームがこの日の試合のためにどれだけのタダ券をばら撒いたのか知らない。貰えるのなら、欲しかったくらいだけど。 けれど、サポーターとしての俺はそれを拒否してるから、結局金出してチケット買ったと思う。 つまりはそういうこと。俺はチケは買うよ。俺だからこそ、このチームに金、払うよ。けど。 タダ券、もっとばら撒くべきじゃないのかな、むしろ。 そして横浜国際で、もっともっと試合をするべきじゃないのかな、と、思う。 人を集めるために。 それこそが、明日の横浜FCを作り上げていく力となっていくと思うから。 横国で、パワーを集める。それそのものが価値なんじゃないかな、と。 うまくまとめられないけど。このテーマでもう少し掘り下げて考えていきたいです・・・。またの機会に。
- posted by 八月のエリゼウ
- 22:56
- Insect's eyes, bird's eyes, and corns

