vs 愛媛戦(ホーム)観戦後記・その3
2008年05月14日
先の日曜日(5/11)に対戦した愛媛FC戦。77分に「若林学」という選手が交代出場し、試合終了までの約15分間を元気にプレーしていたのを御記憶の方はいるでしょうか?・アウェイゴール裏席の風景
・中央付近を拡大してみると、『若林学』のダンマクが!!! (若林選手は元々大宮アルディージャ所属で、今季は愛媛にレンタル移籍中。) よくよく観るとダンマクは、「大宮アルディージャ・バージョン」をそのまま継続使用している様子が伺えます。同じオレンジだから、好都合だったのでしょうね。コレもひとつのエコなんだろうなぁ。 実はこの若林選手、ボク好みの「マイナーリーグ」経験者。Jリーグからは遥か遠く、JFLや地域リーグよりもさらに下方の「県リーグ」から這い上がってきたフットボーラーなのです。宇都宮徹壱さんの著作等で『現場監督からJリーガー』として、紹介されていたのを覚えている方も多いのではないでしょうか。 日曜日の横浜戦。ハーフタイムにピッチでアップする若林選手に対して、愛媛FCファンから♪オレたちのワカバヤシ♪チャントが大合唱されていました。あのチャントは、JFLの栃木SC時代から続いているモノなんですよ。 詳細は、コチラ『オレたちの若林』を、参照願います。 そんな「若林 学」選手を、私的にサクッとリサーチすると; 蔵書「第37回関東サッカーリーグ(2003年名鑑)」より 日立栃木サッカー部(関東2部に新加入) FW11 若林 学 1979.6.3生 前年度「県リーグ」での得点23 蔵書「2004 JFL名鑑」より 栃木SC FW36 新加入 蔵書「2005 JFL選手名鑑」より 栃木SC FW36 2004:29試合 3得点 上記のデータをまとめると、 1979年 00歳 誕生 1998年 18歳 宇都宮工業高校卒業 2002年 23歳 日立栃木 栃木県1部リーグ 23得点 2003年 24歳 日立栃木 関東2部リーグ 2004年 25歳 栃木SC JFL 3得点/29試合 2005年 26歳 栃木SC JFL 14得点/20試合 大宮アル J1 1得点/1試合(天皇杯) 2008年 29歳 愛媛FC J2 レンタル移籍中 その経歴をまとめてみると、若林選手は高校卒業後、J1(1部)から見て「6部」にも相当する県リーグ(栃木県社会人1部リーグ)でキャリアをスタートし、『8年間』もの長き歳月をかけてトップリーグ(J1)まで這い上がってきたことが判ります。ボクら一般人と同じように働きながら、「普通のサラリーパーソン」兼「アマチュアフットボーラー」として、自らを「土のグラウンド」の上で鍛え上げてきたのですね。 蔵書「サッカーJ+(プラス)Vol.1」誌では、「平日は現場監督の仕事をして、週末ピッチに立つJFL得点ランキング1位、オレたちの若林」と紹介されています。職種からして、平日は安全靴を履き、週末はスパイクに履き替える生活だったと思うのですが、その辺も(若い頃のボクに似ていて)親近感を持つ一因です。いち・フットボールファンとして、その生き様には大いに感動するし、敵方ながら応援したくなっちゃうわけです。(小さい声で、ガンバレ・若林!!!) また、「横浜FC vs 愛媛FC」戦の前日(5/10)に同じニッパツ三ツ沢で観戦したのが、地域リーグ(関東リーグ)の「YSCC vs 日立栃木UVA」戦。そう、若林選手を輩出した日立栃木が、偶然にも前日の同じピッチで戦い続けていました。若林選手のような将来有望な無印良品フットボーラーを、JFLや地域リーグ、さらには県リーグで発見することも、観戦マニアの密かで大きな楽しみだったりします。 若林選手が(愛媛で活躍した後に)復帰移籍した大宮と、アウェイの地・Nack5スタジアムで戦うのが、今から楽しみで胸がワクワクします。そのためには、横浜FCもJ1に復帰昇格しないとネ! もう一度、みんなでJ1へ行きましょう!!!
- posted by ken1eagle
- 20:25
- 横浜FC
- コメント(4)
- トラックバック(0)

