クラブワールドカップから想う

一昨日(12/13)のクラブワールドカップ・準決勝『浦和 0-1 ACミラン』を、テレビで観戦しました。

「浦和なんて応援できねぇ」という声も当然有りますが、ボクは浦和ファンがウラヤマシイ限りでした。素直に白状しちゃうと、鈴木啓太がバイタルゾーンでミランMFをガツガツ削り、ボール奪取する姿に胸ワクワクだったし、世界進出を果たした浦和レッズとファンが、とても眩しかったです。日本リーグ(JSL)時代の「冬の三菱重工サッカー部」(本当にツマラナくてサムいサッカーだった)を観戦した経験を有するモノ好きとしても、感慨がヒトシオでした。

そして、ずっと昔にも似た様な感覚を抱いていた頃、「日本代表がW杯に出場することなんて、夢の彼方だった1980年代」を、思い返していました。当時は自国代表が出場していないワールドカップを、それでも楽しむために、ワールドカップ期間中は「にわかイングランド人やオランダ人」にナリキリ、異国のチームを応援する事で、無理矢理にワールドカップと自分をシンクロさせていました。今思い返すと、寂しい時代だったなぁ。。。

純日本人のボクにはアングロサクソンの血が流れているハズも無く、どっこからドー見てもアジア人なんだけど、せめて髪型だけでも似せようと、後髪襟足を異様に伸ばして『クリス・ワドル』にナリキったり。(クリスワドル:イングランド代表、1990年イタリアワールドカップのドイツ戦で覚えている方もいるはず、かな?)

でも他人様から見ると、「その髪型って、キム・ジュソンじゃん」とか言われる始末で・・・。(キム・ジュソン:金鋳城 韓国の英雄、ブンデスリーガ ボーフムで活躍)

そんな冬の時代を振返りながら、現在の状況を無謀に例えると、
ACミラン=イタリア代表、浦和レッズ=韓国代表(レッドデビルだし)、さらに想像を広げて、横浜FC=日本代表、みたいな感じにも見えたりして。

30年前には自国の出場どころか、ワールドカップがどんな大会かも知らなかったけれども、22年前のアジア最終予選で「あと2歩」、14年前には自由の大陸アメリカまで「あと0.5歩」に迫った。そんな悔しい思いを繰り返しながら、少しずつ成長を続けて、日本代表はやっとフランスへたどり着いた。(昨日に引退を発表した山口氏に、この快挙を改めて感謝します。ボクをフランスへ連れて行ってくれて、ありがとう)

だから、キモチをブラさずに応援し続ければ、きっといつかは「横浜FC」もクラブワールドカップに出場できる、とボクは勝手に想像する。それが20年後か、30年後かは全く不明なんだけど、その日を楽しみにして、長生きを心掛けるならば、それはそれで幸せな人生だろうと。

老後の楽しみは?と聞かれたら、「横浜FCの世界進出」と答えよう。夢適って(かなって)、横浜FCが出場するクラブワールドカップ。スタジアムには偉大なる功労者として、城彰二氏、山口素弘氏、キング・カズらが招かれ、貴賓席から、ボクらに手を振ってくれる。内田智也監督が、相も変わらずに山口氏からイジられて、笑いを誘う。そんなマイクラブの姿を見届け、「これで悔い無し我が人生」と朽ち果てる。

でも、また翌シーズンには、ちゃっかり三ツ沢のスタンドに居て、「まだ、コノじーさん、生きてたの?」と、若いファンをポジティブにビビらせる。
そんな風に老いてゆくのも、また楽しみで仕方が無い。