vs 川崎戦(アウェイ)観戦後記・その2

地獄のように寒かった、土曜日の等々力競技場。
身も心も凍えるようなスタジアムで観戦した皆様方は、今日の月曜日に普段どおりに出勤でしたでしょうか?

 そんな川崎戦を少しだけ、振り返ってみます。
(1)等々力は風が強い→ロングパスが通り難い
(2)芝を短めに刈ってある→グラウンダーのパス、シュートが速い
  (ボクの見た目の感想で、証拠がある訳ではない。)

 前半、風上に立った川崎がミドルシュートをガンガン打ってきたのは、(1)を充分に考慮した結果でしょう。ジュニーニョに決められた先制点は、(1)+(2)の産物。つまり、地の利を生かした戦術を関塚監督が考え、選手に的確な指示を与え、選手が忠実に実行した結果。

 一方で、風下の横浜は前線へのパスが思うように通らずに、いかにもプレーし難そう。まぁ、あの強風と寒さじゃ、選手も気の毒だけどね。

 でも、「等々力の風」だけが敗因じゃなくて、「クラブの地力が川崎と横浜では大きく違っていた」というのも、皆さんが感じているところ。今は素直に敗戦を認めるしかない、0−6だしね。

と、敗因分析はこのくらいにして。チームの戦力差だけではなく、川崎というクラブとの差を感じた方々も少なからずいたのではないでしょうか?

 川崎は着実に進歩し、ビッククラブではないけど、良いクラブに成長していますよね。2000年にJ1昇格したものの、わずか1年で降格。そして01、02年はJ2で低迷。03年は勝点差「1」で昇格出来ず。やっと、2004年にJ1再昇格。きっと、降格したJ2で過ごしたこの4年間で地道に選手とチームを鍛え直して、クラブの基礎を再構築した。シンプルに言えば、「一(イチ)から出直す」ために、4年間という長い時間を費やして、J1に戻ってきたんだ。これは勇気の要る作業だったと思う。

 J2に降格した際に、「手っ取り早く、J1級の日本人選手と実績のあるブラジル人を獲得して、チームを作る」ことを安易に選ばずに、ビックネームではなくても、J2を戦い抜きながら成長できる選手を集めて、芯の強いクラブを築く作業を辛抱強く、繰り返してきた結果が、今や代表に名を連ねる我那覇、中村、谷口らの台頭なのだろう。

 J2時代に我那覇を見たことがある人で、当時に「我那覇が代表になる」と本気で予見した人はどれくらいいたであろうか? 彼らの才能を見抜くだけではなく、クラブで鍛え上げて、代表にまで送り込んだ川崎の粘り強さには、敵ながら拍手を送りたい気分だ。J2時代から声援を送っているファンにも敬意を表する。

 そして、チームの戦力向上と共に忘れてはいけないのが、地元を大切にしたファンの獲得作戦。地元・川崎市との関係も良好に見える。(富士通の根回しとネームバリューも大きいのだろうが)等々力緑地公園内の路面をフロンタ君の絵柄タイルにしたり、公共財をもフロンターレ化している例を見ると、素直にウラヤマシイ限り。スタジアム内の壁をフロンターレブルーに塗装し直したり、小さい事からでも地道に進めているクラブの努力に感心する。

 今回は、川崎にJ1の厳しさと、J1上位クラブとの実力差を実感させてもらった。今は素直に「この差」を認めるしかない。川崎がこの6年間にクラブとして大きく成長したように、横浜もクラブとしてのチカラを蓄え、地道に前身して行くしかない。それだけの事だ。

 クラブとして成長するためのミッションが、『J1残留』。
具体的目標は「勝ち点30」を確保すること。
現在の勝ち点が「3」だから、あと「27」。
残り31試合のうち、9勝すれば良いと考えれば簡単そうだけど、そう簡単にはいかないだろう。毎週毎に苦しい戦いが続き、胃の痛い週末を過ごすのだろうけれど、コレもまたリーグ戦の醍醐味。

 勝ち点1を拾う/落とすで一喜一憂する。こんな週末を、まだあと8ヶ月以上過ごすことが出来るのだから、J1って本当に幸せな世界だ。