城彰二と共に歩んできた・・・。
2008年01月26日
もう今から14年も昔の事なんだなぁと思うと、ちょっと背筋がゾクッとする。 その頃世間ではJリーグバブル。 誰もがサッカーが好きで、子供達はJリーガーに憧れていた。 そしてその年の正月に行われた高校サッカーで、TV画面の中で一際輝く選手がいた。 それは、鹿児島実業のFW城彰二。 準決勝で川口能活がいる清水商業に破れはしたものの、その年の選手権大会の主役は間違いなく城だった。 城彰二、それは自分が初めて覚えた高校サッカーの選手でもある。 自分の中では地元埼玉、武南との試合で決めたゴールが印象深かった。 大宮公園サッカー場(現NACK5大宮)を駆け回り、相手DFを引き離してフリーからゴールを決めたシーン。 大会のハイライトとして何度も流されたせいもあるけど、あの時のゴールは印象深かった。 ただの偶然に過ぎないのだけど、自分がサッカーというスポーツと深く関わっていく矢先には、いつも城彰二がいた。 最初に横浜FCの試合を見に行こうと思った時も、彼の移籍によってメディアに横浜FCが取り上げられる事が増えたからだ。 そして、自分が横浜FCと出会ったあの日(2003年5月18日) 城彰二は自分の目の前でゴールを決めて、横浜FCを勝利に、そして自分を横浜FCのサポーターへと導いてくれた。 その時試合が行われた場所が、14年前と同じ大宮公園サッカー場だったのだから、巡り合わせとは不思議なものだ。 その気になればJ1のクラブへ戻ることもできたはずだ。 でも・・・、彼は横浜FCの為に戦ってくれた。 順位や年俸がいくら上がらなくても、体がボロボロになりながらも走り続けてくれた。 一昨年のJ1昇格を決めた日。 彼は空港に着いてバスを降りた瞬間、「ありがとう横浜!!」 と叫んだ。 それを見た自分は「ありがとう城彰二!!」と心の中で叫んだ。 彼は横浜FCの為に削られながらも必死に戦ってくれた。 だけど、そのせいもあってJ1に上がってからは戦えなくなっていた。 彼の膝は限界だった。 屈辱を味わったフランスW杯から彼がどれだけ成長したか、世間の奴らは知らない。 今でも、城彰二というサッカー選手の話になると、フランスW杯の事を持ち出してけなす奴は数多くいるかもしれない。 でも、どんな事を言われても城彰二は自分たち横浜FCサポーターの英雄だ。 自分は、城が横浜FCにいると聞いて笑ってきた奴やけなしてきた奴を何度も見てきた。 その度に自分は何度も、 「けなすんだったら一度試合を見てから言え!!」 と言い返してやった。 明日、自分は謝罪と感謝の両方を城にしなくてはいけないと思う。 謝罪とは、せっかくJ1に昇格したというのに、お馬鹿なフロントと厳しい戦いを前に危機感を持たず、たかがダービー1試合だけに目をやっていた自分を含めたサポーターのせいで、チームが降格してしまった事。 感謝は言うまでもない。 自分を含めたサポーターの夢を叶えてくれた事、そして横浜FCなんかの為にすべてにおいて全力を注いでくれた事。 さぁ、明日は最後の城彰二コールだ!!
- posted by fulie383
- 13:01
- 横浜FC
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