城彰二と共に歩んできた・・・。

もう今から14年も昔の事なんだなぁと思うと、ちょっと背筋がゾクッとする。 

その頃世間ではJリーグバブル。 
誰もがサッカーが好きで、子供達はJリーガーに憧れていた。 
そしてその年の正月に行われた高校サッカーで、TV画面の中で一際輝く選手がいた。 

それは、鹿児島実業のFW城彰二。 

準決勝で川口能活がいる清水商業に破れはしたものの、その年の選手権大会の主役は間違いなく城だった。 

城彰二、それは自分が初めて覚えた高校サッカーの選手でもある。 
自分の中では地元埼玉、武南との試合で決めたゴールが印象深かった。 
大宮公園サッカー場(現NACK5大宮)を駆け回り、相手DFを引き離してフリーからゴールを決めたシーン。 
大会のハイライトとして何度も流されたせいもあるけど、あの時のゴールは印象深かった。 

ただの偶然に過ぎないのだけど、自分がサッカーというスポーツと深く関わっていく矢先には、いつも城彰二がいた。 

最初に横浜FCの試合を見に行こうと思った時も、彼の移籍によってメディアに横浜FCが取り上げられる事が増えたからだ。 

そして、自分が横浜FCと出会ったあの日(2003年5月18日) 
城彰二は自分の目の前でゴールを決めて、横浜FCを勝利に、そして自分を横浜FCのサポーターへと導いてくれた。 

その時試合が行われた場所が、14年前と同じ大宮公園サッカー場だったのだから、巡り合わせとは不思議なものだ。 

その気になればJ1のクラブへ戻ることもできたはずだ。 
でも・・・、彼は横浜FCの為に戦ってくれた。 
順位や年俸がいくら上がらなくても、体がボロボロになりながらも走り続けてくれた。 

一昨年のJ1昇格を決めた日。 
彼は空港に着いてバスを降りた瞬間、「ありがとう横浜!!」 
と叫んだ。 

それを見た自分は「ありがとう城彰二!!」と心の中で叫んだ。 
彼は横浜FCの為に削られながらも必死に戦ってくれた。 
だけど、そのせいもあってJ1に上がってからは戦えなくなっていた。 
彼の膝は限界だった。 

屈辱を味わったフランスW杯から彼がどれだけ成長したか、世間の奴らは知らない。 
今でも、城彰二というサッカー選手の話になると、フランスW杯の事を持ち出してけなす奴は数多くいるかもしれない。 

でも、どんな事を言われても城彰二は自分たち横浜FCサポーターの英雄だ。 
自分は、城が横浜FCにいると聞いて笑ってきた奴やけなしてきた奴を何度も見てきた。 
その度に自分は何度も、 
「けなすんだったら一度試合を見てから言え!!」 
と言い返してやった。 


明日、自分は謝罪と感謝の両方を城にしなくてはいけないと思う。 
謝罪とは、せっかくJ1に昇格したというのに、お馬鹿なフロントと厳しい戦いを前に危機感を持たず、たかがダービー1試合だけに目をやっていた自分を含めたサポーターのせいで、チームが降格してしまった事。 

感謝は言うまでもない。 
自分を含めたサポーターの夢を叶えてくれた事、そして横浜FCなんかの為にすべてにおいて全力を注いでくれた事。 

さぁ、明日は最後の城彰二コールだ!!